礼拝説教要旨

12月1日の説教要旨

「広まる主のことば」使徒19:8-20
鎌野 幸師
1.ツラノの講堂での伝道
 エペソの町でユダヤ人会堂での伝道から身を引いたパウロは、ツラノの講堂で2年間熱心にイエス様ご自身とイエス様の言葉を語り、人々と論じ合いました。パウロから福音を聞いた人々は、エペソからアジヤ各地に出て行って福音を伝え、各地に教会ができました(コロサイ教会やヨハネ黙示録の7つの教会など)。こうしてアジヤ地域に住む人々は皆、主のことばを聞きました。
2.主イエスの御名の力
 エペソではパウロを通して、病をいやし、悪霊を追い出す神の力が現わされました。それを見ていた魔よけ祈祷師たちが「主イエスの御名」によって悪霊を追い出そうとしましたが、彼らは悪霊に打ち負かされました。神の力は、「主イエスの御名」即ち「イエス様ご自身」を人格的に知り、心から信じ従う者に働かれますが、「主イエスの御名」をただ利用しようとする、イエス様を侮る者には働かれず、かえって災いをもたらします。主イエスの御名の力が現わされ、主のことばは広まっていきました。
3.真の悔い改め
 主イエスの御名の力を体験して、すでにイエス様を信じていたクリスチャンは自分の信仰を見つめなおして罪を告白して悔い改め、魔術師たちは魔術から足を洗って信仰に入りました。人々が悔い改め造り変えられて、主のことばは広まっていきました。
 

11月24日の説教要旨

「主イエスによるバプテスマ」使徒18:24-19:7
鎌野 幸師
1.ヨハネのバプテスマしか知らない人々
 宣教を始めたエペソの町でアクラとプリスキラ夫妻が出会ったアポロは、会堂でイエス様のことを語っていました。パウロが出会った12人の者は「主の弟子」でした。しかし彼らは「ヨハネのバプテスマ」しか知りませんでした。彼らはイエス様を救い主と信じていましたが、ヨハネが教えたように「神の怒りから逃れるために罪を悔い改め」「厳しく自分を打ち叩いて」生きていました。
2.主イエスによるバプテスマ
 彼らが正しい信仰を持てるように、アクラとプリスキラ、パウロはイエス様の教えを彼らに正確に説明しました。イエス様は「悔い改め」以上に「福音(イエス様ご自身)を信じなさい」と強調され、神の子としてのご自身の姿を人々に明らかにされました。イエス様は十字架と復活を通して、ご自身の愛と罪の赦しを示されました。イエス様は「信じる者には聖霊が与えられる」と約束されました。「信じること」を喜び、私たちを愛し赦し、私たちに聖霊を与えてくださるイエス様を、正しく知り、信じ従っていく者に授けられるのが、主イエスによるバプテスマです。
3.与えられた聖霊によって
 主イエスのバプテスマを受けた弟子たちに聖霊が望み、彼らは異言や預言で神を語り始めました。彼らは聖霊によってあふれる喜びと感謝で神を証しする者へ造り変えられました。
 

11月17日の説教要旨


「恐れないで、語り続けなさい」使徒18:1-11
鎌野 幸師
1.協力者による慰めと励まし
 第二次伝道旅行の途中、パウロは戦いもある中、コリントの町で1年半腰を据えて宣教し続けました。それは様々な形の慰めと励ましがあったからでした。アクラとプリスキラ夫妻は、同じ信仰、同じ職業のパウロを招いて共に住んで働き、パウロを助けました。マケドニヤの諸教会の人々は離れていてもパウロを覚えて献金し届けました。人々の協力がパウロを励まし支えました。
2.救われた人々
 コリントの町のユダヤ人はパウロが語る福音に反抗して暴言を吐きましたが、パウロが異邦人に語り始めると、多くのコリント人がイエス様を信じバプテスマを受けました。罪赦されて救われ、神の子とされる人々の存在が、パウロの喜び、希望となりました。
3.主の慰めと励まし
 戦いの中で疲れたパウロは「語り続けるなら襲われ殺される、働きがつぶされる」と恐れることもありましたが、主は「わたしが共にいてあなたを守る。コリントの町にはあなたのクリスチャン仲間も、これから救われる人々も大勢いる」と語られ、パウロは主の御声に力づけられました。主は私たちとも共にいて、語りかけ、守り、協力者を備え、働きを実らせてくださいます。主の慰めと励ましをいただいて、私たちもイエス様による救いと恵みを伝え続けて行きましょう。

11月10日の説教要旨

「真の神を知る」使徒17:16-34
鎌野 幸師
1.アテネの人々
 古くから文明が発達したギリシャの中心地であり、民主政治の行われていたアテネの人々は、知識欲と探求心、熱い宗教心を持っていました。日々、新しいことを追い求め、論じ合ってはいても、真の神を見いだすことができず、数々の偶像に加えて「知らない神」の祭壇を造って拝んでいました。そのようなアテネの人々を見たパウロは、「何とかして真の神を伝えなければ」と情熱に燃え、広場や、アレオパゴスで語りました。
2.真の神とは
 パウロは①真の神は万物の創造者であり絶対者、人間の何かによって左右されないお方②神は偉大でありながら人間を包み、近くにおられ、求めるなら見出すことのできるお方③目に見えない神を示す、十字架にかかり死んでよみがえられたイエス・キリストを信じ求めなさい と語りました。
3.人々の反応
 熱心に聞いていた人々も、死人のよみがえりの事を聞くと嘲笑ったり、「またいつか」と言って去って行きました。しかし少数ではあっても、信仰に入る者たちがいました。今の時代も、人々は様々なものを求めながら真の神を見いだせずにいます。語り続けるなら神様は信じる者を起こされます。嘲られても真の神を、救い主イエス様を伝えていきましょう。

召天者記念礼拝 説教要旨

「天国での礼拝」黙示録7:9-17
鎌野 幸師
1.天国の礼拝
 ヨハネは幻で、天において大勢の群衆が、御座(父なる神様)と小羊(イエス様)の前で救われたことを喜んで叫び、ひれ伏して神様を拝んで賛美をささげているのを見ました。天国ではこの上ない感激の中で昼も夜も礼拝が続き、何の災いも、悩みも、涙もありません。しかし、この天国での礼拝には、選ばれた人たちしか集うことができません。
2.白い衣を着た人々
 天国での礼拝に集っている人々は、皆「白い衣」を着ていましたが、罪汚れのない「白」ではなく、小羊であるイエス様の血で洗われて白くされたものでした。また彼らは患難を通り抜けて来た人々でした。私たちの罪を赦し清めるために、十字架にかかり、血を流し尽くして死なれたイエス様を「私の救い主」と信じ、様々な苦しみの中にも信仰を持ち続けた人々が、天国での礼拝へ導かれます。
3.先に召された方も、私たちも共に
 先に召された方々は、それぞれ違った苦しみを抱えたり、死の苦しみを覚えたりする中も、イエス様を救い主と信じ、信仰をもって地上の生涯を全うされました。私たちも信仰を持ち続けて、終わりの日、先に召された方々と共に天国に入れていただき、喜びの礼拝へ集わせていただきましょう。
 

10月27日の説教要旨

「真の自由」使徒16:19-34
鎌野 幸師
1.パウロの自由
 ピリピの町でパウロは鞭打たれ牢獄に繋がれました。主の導きに従いながら鎖につながれ、身体も痛む中で、パウロは神に祈りと賛美をささげ、その賛美は囚人たちを慰めました。パウロが平安に満たされていたのは「真の自由」を持っていたからでした。クリスチャンの自由は、自分のしたいことをする自由でなく、極限の状態の中でも、苦しみや痛み、失望に縛られず魂が神に開かれ、感謝し、喜び、希望を持てる自由です。
2.自由を得るために
 牢獄の看守は、地震で居眠りから目覚め、囚人たちを逃がしてしまったと、恐れに縛られて自害しかけましたが、パウロの声で思いとどまり、「救われるためにどうしたら良いですか」と尋ねました。パウロは「主イエスを信じなさい」と答えました。私たちを愛して、罪から救うために十字架にかかり、死から復活して今も生きておられるイエス様を信じて委ねる信仰によって、私たちは救いを、真の自由をいただくことができます。
3.家族の救い
 真の自由と救いを求めた看守は、自分だけでなく家族と共にパウロから主の言葉を聞き、家族そろって神を信じました。私たち自身が救いを喜び、「家族にもこの救いを」と共に主の言葉を聞く中で、家族が救いへと導かれます。
 

10月20日の説教要旨

「聖霊の禁止と導き」使徒16:1-10
鎌野 幸師
1.聖霊による禁止
 第二次伝道旅行に出かけたパウロは、伝道計画を立て進んで行こうとしましたが、アジヤとムシヤで2度も聖霊によって禁じられました。パウロは肉体の弱さやその他の事情のために、当初の伝道計画を変更せざるをえなかったけれども、後で振り返ると自分たちの計画を進めずに変更して良かった、「聖霊が禁止してくださったのだ」と受け止めました。
2.聖霊による導き
 港町トロアスに着いたパウロは、海を渡るかどうか迷い祈る中で幻を見、マケドニヤに渡りました。「確信」(16:10)という言葉には「結び合わせる」という意味がありますが、パウロは今まで見聞きしてきたこと、自分の置かれている状況、神の言葉、様々なことを結びわせて「聖霊がマケドニヤへ導いておられる」と受け止めました。私たち一人一人を愛し、最善のご計画を持っておられる神は、時に私たちが自分で立てた計画を禁止されますが、必ず違う最善の道へと導かれます。神の前に祈り、思い巡らし、聖霊の導きを確信して進みましょう。
3.聖霊による祝福
 聖霊に導かれたマケドニヤの地で、パウロは多くの宣教の実を結び、困難や試練に遇ってもパウロの信仰はさらに強められました。聖霊の導きに従うとき、実際的、霊的祝福が伴います。
 

10月13日の説教要旨

「対立から一致へ」使徒15:1-21
鎌野 幸師
1.信仰の相違と対立
 パウロとバルナバが伝道旅行からアンテオケ教会に戻ると、エルサレム教会から来た人々が、「異邦人も割礼を受けなければ救われない」と教え、教会は混乱していました。パウロとバルナバは「信じるだけで救われる」と主張し両者は対立しました。教会の中で「正しい信仰をはっきりさせ守って行く」ためには、避けてはいけない対立・論争があります。
2.エルサレム会議
 この問題の解決のために、エルサレム会議が開かれました。激しい論争の後、エルサレム教会のペテロは「神の恵みの事実」を証拠として、ヤコブは「聖書のみ言葉」を根拠として、アンテオケ教会のパウロとバルナバも「神の恵みの事実」を証拠として「異邦人に割礼は必要なく、信じるだけで救われる」と主張しました。教会の中の会議は、人ではなく教会の頭であるイエス様の前に開かれる会議であり、神の御心を求め、受け取り、従っていくために開かれるものです。
3.主にある一致
 会議に出席した者たちが神の御心を求めることにより、聖霊は両者に共通理解、一致を与えてくださいました。私たちも神の御心を求めることにより、イエス様を信じる者の内におられる聖霊によって一致していきましょう(Ⅰコリント12:13)。

10月6日の説教要旨

「信仰にしっかりとどまる」使徒14:19-28
鎌野 幸師
1.迫害の中にあるクリスチャン
 ピシデヤのアンテオケ、イコニオム、ルステラと行く先々でパウロとバルナバは「神の恵み」であるイエス様による救いを伝えました。多くの人々が聞いて信じる一方、ユダヤ人たちから迫害を受け命まで狙われました。迫害は二人の語る教えを信じたクリスチャンたちにも及び、彼らは苦しい信仰の戦いの中に置かれていました。
2.励ますために
 デルベでの宣教の後、パウロとバルナバは、自分達の命を狙った人たちのいるルステラ、イコニオム、ピシデヤのアンテオケに引き返しました。幼いクリスチャンたちの信仰が迫害の中で弱り、失われるのでなく、強められるように励ますためでした。パウロは命がけで人々を訪問し励ます牧会者でした。私たちも戦いの中にある兄弟姉妹の信仰が強められるように、励ますことができれば幸いです。
3.信仰にしっかりとどまる
 パウロは、偶像の中から救われた、ご利益ばかりを求めがちな幼いクリスチャンたちに「神の国に入るには苦しみも経なければならない」と福音の真理を教え、「信仰にしっかりとどまりなさい」即ち、イエス様を見続け、信じ続けなさいと勧めました。救い主イエス様の姿をしっかりと見続けるなら、イエス様を信じる気持ちが沸き上がり、信じる気持ちが深まって成長し、迫害や苦しみにも負けない強さが与えられます(ヘブル12:2)。
 

9月29日の説教要旨

「福音は異邦人へ」使徒13:42-52
鎌野幸師
1.神の恵みを語ったパウロ
 ピシデヤのアンテオケに移動したパウロとバルナバは、ユダヤ人の会堂で「イスラエルの民を罪から解放し祝福するために神が送られた数い主、イエス・キリストを信じる者は皆、律法によって得られなかった救いをいただける」と「神の恵み」を語りました。人々はこの福音を喜んで聞きました。
2.恵みを拒む人々
 しかし、「律法を厳格に守ることによって」「神から特別に選ばれたユダヤ人だけが」救われると固く信じてきたユダヤ人指導者たちは、一方的に全ての人に注がれる神からのプレゼントである「恵み」を理解できず、拒みました。「祝福を得るためには、努力と才能、代価が必要」と叫ばれる今の時代、多くの人々は「信じるなら(信じるだけで)救われ、祝福される」という「神の恵み」を拒み、宣教の難しさを感じます。
3.福音は異邦人へ
 行き詰まりの中、パウロがみ言葉を根拠として、異邦人を中心に宣教していくことに方向転換した結果、多くの異邦人が救われ、キリスト教は全世界の人々に伝えられました。「神の恵み」を拒む人がいても、神は新たな宣教の道を開かれます。困難も益と変えてくださる神を信じ、神が開いてくださったところで「神の恵み」を語り伝えて行きましょう。