礼拝説教要旨

9月10日の礼拝説教要旨

「逆風の中での慰め」
マタイ14:22-33
                 9月10日(日)主日礼拝
野﨑 俊師

1.神である主イエスの慰めの言葉
 湖の上を舟で移動していた弟子たちは、逆風の中で9時間もの間進みあぐねていました。疲労困憊する中で、恐れと不安に満たされていた弟子たちは主イエスの接近さえも幽霊としておびえてしまったのです。私たちも、身体に不調を抱え不安がある時、物事をマイナスに捉えがちです。そんな私たちにも、主イエスは神としての権威と御力をもって、「しっかりしなさい。恐れることはない」と慰めて下さるのです。

2.主を仰ぎつつ進む
 その言葉の後に、ペテロが主イエスの御力を信じて、主イエスと同じように湖の上を歩きますが、吹いてくる風に思いを取られ、恐れて沈んでしまいます。私たちも、「イエスから目を離さないでいなさい」とある御言葉に立って、主イエスに思いを集中し委ね進みましょう。

 疲れ恐れる時にも、力ある神なる主イエスの慰めの言葉に立ち続けましょう。
 

9月3日の礼拝説教要旨

「祝福されるささげ物」
マタイ14:13-21
                9月3日(日)主日礼拝
野﨑 俊師

1.それぞれのベストを主にささげる
 主イエスに助けを求めてついてきた群衆たちに食べさせる物がなかった時、それぞれで買いに行かせようとする弟子たちに、主イエスは弟子たちが今持っている全てである5つのパンと2匹の魚を持ってくるように語り、それらを祝福し、1万人を超える人々を満腹させました。私たちも、与えられている賜物と状況の中で精一杯の物を主に差し出し、それらを祝福される主の御業を拝させていただきましょう。

2.聖餐式の前味
 この出来事は聖餐式の前味として理解する事が出来、ユダヤ人の間での家族の食事のイメージが込められています。私たちも聖餐式に与る時、共にキリストの祝福を分かち合い、キリストの身体を形成する一つとされた各器官であり、神の家族である事を覚えましょう。

 それぞれのベストを主に捧げ、聖餐式は一つとされたお互いである事を思い与りましょう。
 

8月27日の礼拝説教要旨

「夏を造られた神さま」 
詩篇74:16-17
                     灘教会牧師 鷹取宗明
 
 本日は教区講壇交換礼拝で皆様とご一緒に礼拝を守らせていただけますことを感謝いたします。四季も神さまが与えてくださり、夏は特に猛暑酷暑で厳しいですが、その中にも神さまの愛があることを覚えます。わたしたちの生活に欠かすことのできないお米は、葉緑素と太陽と炭酸ガスなどによって澱粉がつくられお米になります。暑さの中にも愛の神さまはわたしたちに必要なお米をつくってくださっています。
 夏は試練の時、忍耐が養われる時です。人生の夏と思われる試練や患難のなかにあっても神さまは万事を益とし祝福と恵みを与えてくださいます。人生の痛みや苦しみはわたしたちを救いイエス様のもとに導き、いやしと慰めを与え神の国に生きる救いを与えて神のいのちに生きる者としてくださいます。夏は解放を与えて山に海に人々を行かせます。罪は悲惨をもたらしますが主イエス様の救いは、今も変わることなく輝いています。十字架と復活の主を信じよう
 

8月20日の礼拝説教要旨

「万事を益とされる神」
創世記50:15-21
8月20日(日)主日礼拝
野﨑 俊師 

1.波乱万丈の生涯
 ヨセフの生涯は一言で言うなら、波乱万丈の生涯でした。兄たちの妬みを買い、エジプトに売られ、奴隷として働いた家でも主人の奥様の誘惑を拒んだことで牢屋に入れられます。しかし、その牢屋での出会いを通してヨセフはパロに見出され、エジプトの総理大臣となって、多くの人々を飢饉から救ったのです。

2.神様の益とされる計らい
 ヨセフは兄弟に「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。」と語りましたが、ヨセフが身に受けた悪をも神様は益と変えられ、ヨセフを尊い主の働きを担う器とされたのでした。

 過去の傷や自分の過ちといった悪さえも主を愛し従う中で、益と変えられると信じましょう。
 

8月13日の礼拝説教要旨

「天からのはしご」
創世記28:10-22
8月13日(日)主日礼拝
野﨑 俊師
 
1.孤独の一夜
 この箇所の背景には、イサクが長男エサウに祝福を与えようとしたのを弟ヤコブが兄になりすまし祝福を横取りした出来事があります。この事が兄の怒りを買い、命を狙われたヤコブはパダン・アラムに逃走するのです。人をだまし横取りする罪責感から神様との関係が壊れ、人とのつながりも破壊された二重の孤独にこの時のヤコブは陥ってしまっていました。

2.かたわらに立たれた主
 その孤独の旅の途中野宿するヤコブは夢を見ます。天からはしごがおり、かたわらに主が立っておられるというものでした。そして、主はヤコブに「見よ。わたしはあなたともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、…あなたを捨てない。」と語られました。主イエス様はこのはしごをご自身として語られました。 

 十字架と復活の主イエスのはしごをつたって神様は汚れた私たちを赦し、側に下り守り捨てないと言って下さる事を感謝しましょう。
 

8月6日の礼拝説教要旨

「信仰による柔和」
創世記26:12-22
8月6日(日)主日礼拝
野﨑 俊師 

1.譲り続けたイサク
 カナンの地にききんが襲った時、イサクは父アブラハムがしたように、エジプトに逃れようとするのですが、主より「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。」との言葉を受けてペリシテ人の地に留まる事としました。イサクはその地で豊かな祝福を得たのですが、争いに巻き込まれ、実に三度も命を支える井戸を譲り渡し移動していったのです。

2.主の祝福の確信と柔和
 ではなぜ、イサクは乾燥地帯で命を左右する井戸を三度も人に譲り渡す事が出来たのでしょうか。その理由を単にイサクの性格だけに見るのは命に関わる問題だけに無理があります。イサクは「わたしがあなたに示す地に住みなさい。…わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。」との主の御言葉に立ったのです。

 私たちも主の示す方向に進むなら、主がともにおられ祝福して下さる事を信じ、感情的に反応するのでなく、主の御心を求めましょう。
 

7月30日の礼拝説教要旨

「行き先を知らない出発」
創世記12:1-9
7月30日(日)主日礼拝
野﨑 俊師 

1.主の示す地に行く
 アブラハムは主より「示す地へ行きなさい」との御言葉を受けた時、「主がお告げになったとおりに出かけ」ました。住み慣れた繁栄の地を後にして未知の場所に主に委ねつつ足を踏み出したのでした。これはこの前の章の「散らされるといけないから」と塔を築き、自分のいたい場所に留まろうとした人々と正反対の姿勢です。その結末は祝福と裁きに分けられました。

2.祭壇を築き祈る
 信仰をもって出発したアブラハムですが、カナンの地に足を踏み入れ、カナン人を目の当たりにして、これから大丈夫なのだろうかと不安に陥ったのではないかと想像されます。その時、彼はその地において、与えられた約束の御言葉を心に刻むための記念碑の意味を込めて祭壇を築き、主に祈りました。約束の御言葉を心に刻み、委ね祈り平安に立ったのです。

 主の示す地に足を踏み出し、未知の地では御言葉と祈りによって平安をいただきましょう。
 

7月23日の礼拝説教要旨

「救いの箱舟」
創世記7:1-24  
7月23日(日)主日礼拝
野﨑 俊師 

1.神様の愛の配慮
 裁きの洪水からノアとその家族を守ろうと箱舟の建造を命じられた神様ですが、その設計図と入れるように語られた動物は愛の配慮に満ちたものでした。きよい動物だけ多く入れるように語られたのは、感謝の捧げ物やノアたちの食べ物も考慮されたのでしょう。すべて主の命じられた通りに従ったノアは祝福を受けました。

2.救いの箱舟なる主イエス
 この洪水の出来事は新約聖書の中では、終わりの時の裁きの出来事を象徴し、その意味では箱舟は主イエスを表しているとも言えます。確かにその裁きの時は訪れる事を見据えつつ、厳粛な思いをもって、救いの箱舟なる主イエスを信じ、その舟に乗り、永遠の命に与ろうと愛する方々を祈りつつ招き続けましょう。

 神様の愛の配慮を信じ、委ねつつ従い、救いの箱舟に愛する方々を招く者となりましょう。
 

7月16日の礼拝説教要旨

「愛なる神」
Ⅰヨハネ4:7-11  
7月16日(日)主日礼拝
野﨑 俊師
 
1.まず私たちが愛された
 10節に「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し」と神の愛が解き明かされています。功績と報酬の世に生きていると、神様の愛も私たちのした何かによって与えられるものと考え信仰生活が重苦しくなりがちです。愛されるべき事の何一つない私たちにまず神様の愛の御手が伸ばされた事を覚えましょう。

2.神に愛された者として互いに愛し合う
 そして、続く箇所で「神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」とあります。愛されるべき何一つない私たちに伸ばされた神様の愛の御手を思い、私たちも忍耐と祈りをもって隣人を愛する者となりましょう。

 神の愛に憩い、その愛を隣人に流しましょう。

 

7月9日の礼拝説教要旨

「聖なる神」
イザヤ6:1-7

7月9日(日)主日礼拝
野﨑 俊牧師

  

1.イザヤの召命

 イザヤは聖なる神様の臨在の御前に、汚れた者である事を徹底的に示され、「ああ。私は、もうだめだ」との認罪に立った時に、御使いに祭壇の炭をくちびるに付けられ、「あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」との宣言をもって預言者として遣わされました。
 

2.イザヤの使命

 しかし、そのイザヤに主から委ねられた使命は、「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』」とあるように、聞き届けられない事を見越した上で、悔い改めのメッセージを語るという苦難に満ちた者でした。その苦難の中にあってもイザヤは主の使命を担う平安と喜びが伴った事でしょう。
 

 滅んで仕方のない罪人が主イエスの贖いの御業によって赦された感謝の中、苦難があっても使命を果たす喜びと平安を覚えましょう。