お知らせ

8月18日の説教要旨

「神に全くゆだねた人の生涯」ヨハネ6:3-11
小山潔隆師
1.全てをささげる生涯
 イエス様の弟子たちは、イエス様につき従う群衆の空腹を満たすものを何も持っていませんでしたが、イエス様は少年のささげた5つのパンと2匹の魚で5000人の必要を満たされました。私たちは「自分たちには何もできない」と思いがちですが、どんなに小さくても、私たちに与えられている全てをイエス様の手にささげるなら、イエス様は私たちのささげものを用いて、多くの人々の必要を満たされます。私たちの持っている五感、五つの臓器、五本の指、二つの目、二つの手足、そればかりか全てをささげるなら(ローマ12:1)イエス様が人々を助け、救いへと導いてくださいます。
2.祈りに専念する生涯
 イエス様の弟子たちや婦人たちが祈りに専念していた時、聖霊が降り、聖霊によって多くの人々が救いへと導かれました。①祈りの中で、罪深く臆病な自分を悔い改め、自分自身のからだも、魂も、心も、悩みも、失敗も、何もかもささげていく ②家族や友人、知人が救われるように、名を上げて本気で祈っていく ③聖書全体を少しずつでも毎日読み、祈る時を持つ あなたでなければ届かない人がいます。全てをささげ、祈りに専念し、人々をイエス様の元へと導く生涯を歩ませていただきましょう。

8月11日の説教要旨

「主に出会ったパウロ」使徒9:1-9
鎌野 幸師
1.以前のパウロ
 パウロはクリスチャンを迫害することを自分の使命として燃え、率先して行っていました。それは①パウロにとって「十字架で死んだ」イエスを「救い主」とするクリスチャンたちは「神を冒涜する者」だった ②熱心に律法を守り行っても満たされない空しさがあった③迫害の中にも平安を得ているクリスチャンたちを妬ましく思った からでした。パウロは人間によってゆがめられ、神の御心から離れた「律法」を信仰と人生の土台としたことによって、空しさや罪に囚われていました。
2.主に出会ったパウロ
 パウロはダマスコへの途上で、輝く光の中でイエスが語り掛ける声を聞き、イエスと出会いました。「出会い」とは、誰かと知り合い、向き合って「あなた」「わたし」と語り合う関係になることです。この出会いによってパウロは変えられました。
3.打ち砕かれたパウロ
 イエスと出会い、イエスが救い主と気づいたパウロは、①主に敵対してきた自分の「死に値する罪」に打ち砕かれ②失明のような状態の中、自分で何もできなくなり、自分の無力さに打ち砕かれました。けれどもこれは、パウロの目をふさいでいた間違った土台を打ち砕き、パウロが真の救い主イエスだけを見、信じ、イエスから与えられた使命を果たす者になるためでした。
 イエス様はパウロだけでなく、私たちにも出会ってくださり、私たちの間違った人生の土台を打ち砕き、私たちを空しさや罪、滅びから救い出して新しく造り変えてくださいます。
 

8月4日の説教要旨

「救いの喜び」使徒8:26-40
鎌野 幸師
1.行く先々で伝道したピリポ
 ステパノの殉教後、エルサレムから散らされた人々の信仰を励ますために、ピリポはサマリヤに遣わされ、同時に当時のユダヤ人が避けていたサマリヤ人にイエス様を伝えました。その後ピリポはガザに下る道、アゾト、カイザリヤと行く先々で伝道しました。私たちも行く先々でイエス様を伝えることができれば幸いです。
2.ピリポの個人伝道
 ピリポは①聖霊の導きに従って、荒れ果てたガザに向かって出かけ、出会った馬車と一緒に行き、そこでエチオピアの宦官と出会いました。②この宦官と一緒に行き寄り添う中で、彼が「読んでいる聖書の言葉について知りたい」と求めていることを知りました。③宦官の読んでいた聖書の言葉を通してイエス様を伝えました。私たちが伝道する時、心を静めて聖霊の導きを求め、聖霊の導きに従って相手に寄り添い、相手の求めに応じてみ言葉を通してイエス様を伝えることが大切です。
3.救いの喜び
 異邦人であり宦官であることによって神に近づけなかったエチオピアの宦官は、ピリポからイエス様について聞き、信じ、バプテスマを受けて神の民に加えられて、大きな喜びを得ました。一人の人が救われるなら、天においても大きな喜びがあります。この救いの喜びのために、私たちもイエス様を伝えましょう。

 

教会学校一泊キャンプを行いました


7月29日(月)~30日(火)教会で一泊キャンプを行いました。
プール、スイカ割り、卓球、天体観測、花火、ステンシル、たこ焼き作りと、盛りだくさん。いっぱい遊んで、いっぱい笑って、いっぱい食べて、思い出に残るキャンプになりました。
一人ぼっちの寂しい毎日から、イエス様に出会ってイエス様の愛を受け、福音書を書いてたくさんの人に覚えられたマタイさんのお話も聞きました。





 

7月28日の説教要旨

「天を見つめるステパノ」使徒7:54-60
鎌野 幸師
1.恐れないステパノ
 嫌疑をかけられ、裁判の席に立たされたステパノでしたが、〇敵の中でも恐れずに語り〇裁きの中、命の危険の中でも顔はみ使いのように輝き〇自分を殺そうとする人のために「彼らに罪を負わせないでください」と祈りました。ステパノが冷静さと平安、愛を保てたのは、天を見つめていたからでした。
2.天を見つめるステパノ
 ステパノは〇柔和で、あわれみ深く、平和をつくる人が招かれる「天の御国」を見つめ 〇悔い改める者の罪を赦し救いたいと願っておられる「父なる神様」を見つめ 〇罪がないのに十字架刑にされても、恐れず平安のうちに「彼らを赦してください」と祈られた「イエス様」を見つめていました。立ち上がって「がんばれ」と応援してくださるイエス様を見つめていました。私たちも、私たちに与えられている聖霊によって、危機の中でも天を見つめることができます。
3.一粒の麦となったステパノ
 ステパノの殉教以後、迫害のためにエルサレム以外の場所に移り住んだ人々はそこで福音を伝え、福音が広まりました。ステパノの姿を見ていたサウロ(パウロ)は回心し地の果て(ローマ)まで福音を伝えました。危機の中でも天を見つめていくとき、主は私たちが思う以上の豊かな実を結ばせてくださいます。

7月21日の説教要旨

「問題を乗り越えて」使徒6:1-7
鎌野 幸師
1.教会に起こった問題
 教会に加わる人たちが増えて行く中で、ギリシャ語を話すユダヤ人のやもめたちの配給がおろそかにされているという苦情が出ました。これは、配給する側のヘブル語を話す者たちが、ギリシャ語を十分に理解できず、また人が増えて、実務のための手が足りなくなったことに原因がありました。
2.教会の対応
①執事を選ぶ 使徒たちは、今までのやり方の限界を認め、「新しい葡萄酒は新しい革袋に」(ルカ5:38)とあるように、新しい形で実務を行うために、7人の「知恵と御霊に満ちた、評判の良い」執事を選ぶことにしました。
②教会で問題に向き合う 使徒たちは教会の全員を集めて提案し、教会が執事を選び、教会は祈って選ばれた人たちに働きを委ねました。
③使徒たちは祈りとみ言葉の奉仕に励む 配給の実務がうまくいっても、祈りとみ言葉がおろそかになるなら、教会は教会でなくなります。使徒たちは本来の働きである「祈りとみ言葉」に専念しました。 
3.教会の進展
 守るべきものを守りつつ新体制になった教会には、ますます多くの人が加わりました。私たちも、教会全体で教会の問題に向き合い、聖霊の助けをいただいて乗り越えましょう。

もっく 休会のお知らせ

小学生の放課後ひろば「もっく」は、夏休み期間、休会します。
2学期の「もっく」は、8月30日(金)より開会します。
8月30日(金)は午後2時より☆もっく夏祭り☆を行います。
後日、このページでご案内いたします。お楽しみに!!

7月14日の説教要旨

「神を恐れよ」使徒5:1-11
鎌野 幸師
1.恐ろしい出来事
 アナニヤとサッピラという夫婦は教会に献金をしたにもかかわらず、使徒ペテロから「神を欺いた」と非難され、直後に死んでしまいました。この出来事に神からのメッセージがありました。
2.出来事の意味
①教会には聖霊が臨在している イエス様を信じる人の集まりである教会には聖霊が臨在し、聖霊がアナニヤとサッピラの罪を見抜いてペテロに教え、ペテロを通して彼らの罪を裁きました(ヨハネ14:26・12)。
②神は罪を裁かれる 彼らは、人に良く見られたいために「土地を売った代金の全部です」と偽ってささげ、偽善の罪を犯しました。これは全てのクリスチャンと教会の中におられる聖霊を欺く罪でした。神はこの罪を裁かれました。
③神は教会を守られる 神でなく人を意識する「偽善者」である律法学者やパリサイ人の元に置かれている会堂に代わり、真の教会を造るために、昇天されたイエス様は聖霊を降され、教会は真実と聖さと愛に満たされました。その教会に再び偽善がはびこらないように、神は罪を裁かれました。
3.神を恐れよ(畏れよ)
 この出来事によって教会は今まで以上に神の臨在を意識し、一切の権威を持つお方として敬い従うようになり(=神を畏れる)、そこにイエス様を信じる者が加えられました。

7月7日の説教要旨

「大胆な伝道」使徒4:1-15
鎌野 幸師
1.大胆な伝道
 足のなえた男の人を癒したことにより捕らえられたペテロとヨハネは、「サンヘドリン」という最高議会にかけられました。これは教会にとっての最初の伝道の妨害でしたが、二人はひるむことなく大胆に「イエスによる以外には救いはない」と語り続けました。
2.大胆になれた理由
 ペテロとヨハネは①日々イエス様の言葉や姿を思ってイエス様と共に歩む中で、イエス様の大胆さに似ていきました。②議会には、二人と共に、実際にイエス様への信仰によって癒され救われた男の人も立ち、議会の者たちは、「目に見える証拠」を否定できませんでした。「救いの確かな証」には説得力があります。イエス様を信じ救われた私たち自身が何よりの証拠です。③二人はイエス様と共に歩む中で、真の正しさ、神の御心を知っていたので、議会の間違いを見抜き、「神に従います」とはっきり宣言できました。④二人は教会の働きとしてイエス様を伝え、教会は働きのために祈りました。祈りの応援によって二人は大胆に伝道することができました。私たちも日々イエス様と共に歩み、救いの確かな証を握り、祈りの応援に支えられて、身近な人たちにイエス様を伝えていきましょう。
 

6月30日の説教要旨

「私にあるものを上げよう」使徒3:1-10
鎌野 幸師
1.見つめた弟子たち
 神殿に行く途中、ペテロとヨハネは、神殿の門に置かれている、誰か、何かに頼らなければ生きていけない足のなえた人から施しを求められました。二人はこの人が心の奥で何を求めているかを知ろうとして、見過ごさずに「見つめ」ました。私たちの周りに、何かにすがろうとしている人がいるなら、その人を「見つめる」ことができれば幸いです。
2.私にあるものを紹介した弟子たち
 ペテロとヨハネは、この人が求めている「人の助けや物、お金」はありませんでしたが、「イエス様の名」即ちイエス様ご自身を持っていました。イエス様によって日々の生活が守られ、罪赦され新しく造り変えられ、知恵を与えられてイエス様を伝えるようになった二人は、自分たちを恵み生かしてくださる「イエス様」を紹介し、「あなたもイエス様を信頼して歩きなさい」と勧めました。私たちも、私たち自身を恵んでくださる「イエス様ご自身」を紹介できれば幸いです。
3.手を取って起こしてやった弟子たち
 ペテロとヨハネが、歩いた経験のないこの人の手を取って助けた時、この人が「自立して歩く」奇跡が起きました。私たちも、「イエス様に信頼して歩むとはこうですよ」と助け、手引きし、主の救いの御業を見せていただきましょう。